[レポート]第7回グリーン・マウンテン・カレッジ「繕う」

2月16日に、第7回グリーン・マウンテン・カレッジを鳥見“ふらっと”まんまにて開催しました。最終回となる今回のゲストは、洋裁師の柴田(小山田)美穂子さんと、美術家で「古都祝奈良」の美術部門プログラムディレクターでもある西尾美也さん。

今回のテーマは「繕う」。
海のない奈良県ですが、川西町は貝ボタンの日本一の生産地であることはご存知でしょうか。
「装い」にまつわる様々な「型」を破っていくことをアートの実践としてされている西尾さんのお話では、まずボタンで連想した2つのことを紹介いただきました。

子どもが色々なボタンから、お母さんが昔どんな服を着ていたか想像する、森絵都さん(作)、スギヤマカナヨさん(絵)の絵本『ボタン』と、日比野克彦さんの『100の指令』の中に書かれた指令の一つ、「ボタンとボタンの穴を違うものでくっつけてみよう」。普段とは違うボタンのつなぎ方を考える指令です。

2つの本を紹介しながら、「色々な想像を引き立てる力がボタンにあるんです」と西尾さん。

男女によってボタンの付ける位置が左右逆になるなど、ボタンにも様々な型やルールがありますが、西尾さんの作品《Scramble Clothes》は、服をパーツごとにボタンで付け替えられるように分解して、見知らぬ人同士がパーツを交換し合って服をつくるというもの。服の型やルールを飛び越えた、新たな衣服の形やコミュニケーションが生まれていきます。その他にも、同じ服ですがボタンの留め方によって違う服になる作品、街なかで見知らぬ人に声をかけて服を交換してもらう、という作品など、新しい服のあり方を考える興味深い試みを紹介いただきました。

柴田さんは、京都で家庭洋裁を学ぶ教室やワークショップを開かれています。ご自身のルーツである高松で叔母がされていた柴田洋裁学院のお話から始まりました。戦後すぐに生きていく術として洋裁を仕事にした柴田さんの叔母は、二十歳で単身東京に洋裁を学びに行かれたそうです。

柴田さんはその叔母にドレメ式洋裁を習い、初めて作ったのは小学生のときに足踏みミシンで縫ったギャザースカート。その後、柴田さんが叔母の後を継ぐべく洋裁を学びに入った学校で驚いたのは、戦後すぐ叔母が学んだ教科書と同じものが今も使われていることだったそうです。

叔母の頃は生きていくための洋裁だったと言う柴田さん。「手縫いのものを身につける習慣が少なくなってきた今、今後、洋裁という行為はどうなっていけば良いと思いますか?」という西尾さんからの質問に、柴田さんは、「“食育”という言葉があるように、消費の見直しの時期である今、すべて大量生産で作られた既成品だけでなく、一部は手作りしたり、最低限の糸と針の関係を知っておくことや、男女関係なく皆がボタンを自分で付けられるなど、洋裁が良いバランスを探る新しい価値観として立ち上がってきてほしい、そのために活動を続けている」とお話いただきました。

お話の後はテントの中で、柴田さんにボタンホールを補強する「かんぬき止め」を教わりながら、フェルトにボタンを付けてティッシュケースを作りました。黙々と真剣に手を動かす人、手を動かしながら軽やかにお話する人など思い思いに洋裁とお話の時間を過ごしました。

(撮影:衣笠名津美)