TAROさんから「動く石」というプロジェクトタイトルを聞いたとき、かつて奈良で体験した光景が蘇りました。それは、3年ほど前の夜のこと。東大寺の二月堂で行われている十七夜盆踊りを初めて見に行ったときのことです。普段とは異なる賑やかな様子に居心地の良さを覚えたことに加えて、その道のりとの対比もまたとても印象的なものでした。二月堂には奈良公園の春日野園地を抜けて行ったのですが、街灯のない真っ暗闇のなか、奥から聞こえる少し賑やかな音に誘われるように歩を進める体験がとても神聖なものでした。そして何より驚いたのが、真っ暗闇の奈良公園の中に、普段はないはずのいくつもの岩のような影が点在していたことです。近くを通るとそれがのそっと上に伸びてくるからまた驚きです。この動く岩はなんだ? 未知の生物に出会ったような高揚感と恐怖感を落ち着けつつ、よく見てみるとそれは、昼間は当たり前のように見ていた鹿だったのです。自分が鹿の寝床の合間を縫って歩いていることに気づいたとき、さらに神聖な気持ちになりました。動く石と聞いて思い出したのは、まさにこの光景だったのです。会場の石の菓子店のまわりにも鹿がやってきます。僕が真っ暗闇の中で見た、動く岩としての鹿の姿もそこかしこで見られます。鹿もまた動く石に見えてくるのは僕だけでしょうか?
テキスト:西尾美也(「動く石」プログラムディレクター)