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[インタビュー]西尾美也(「古都祝奈良」美術プログラムディレクター)――アートプロジェクトが当たり前のまちに

2020.12.04
動く石

奈良市アートプロジェクト「古都祝奈良」のスタート時から美術プログラムディレクターとして、様々なアートプロジェクトのディレクションを担ってきた西尾美也。4年目の今年、感染症の流行で世界中が変容していくなか、選んだテーマは「食」。コロナ禍におけるアートプロジェクトの意義や、今年度のプログラム、EAT&ART TARO「動く石」への思いを聞きます。


PROFILE

西尾美也

1982年奈良県生まれ、同在住。美術家。東京藝術大学大学院美術研究科博士後期課程修了。文化庁芸術家在外研修員(ケニア共和国ナイロビ)などを経て、現在、奈良県立大学地域創造学部准教授。本事業のきっかけとなった東アジア文化都市2016 奈良市「古都祝奈良」出展作家。装いの行為とコミュニケーションの関係性に着目した作品や日本とアフリカをつなぐアートプロジェクトを各地で展開している。


 

--2016年に開催された「東アジア文化都市 2016 奈良市」の成果を持続的に生かしていくために、2017年から「古都祝奈良」の名称を継承する形で始まった当事業ですが、奈良市でこのようなアートプロジェクトが継続的に開催されている意義について、どのようにお考えですか。

西尾美也(以下、西尾):コロナ禍において、ドイツ政府がアーティストは必要不可欠であるだけでなく、生命維持に必要なものだとして、大規模支援を展開したことが注目されましたが、日本では平田オリザさんが、憲法に書かれた「健康で文化的な最低限度の生活」という言葉を引き合いに出して、文化芸術に触れることは国民の基本的人権であるとずっと主張してこられてきました。この考えに共感する者として、奈良市でアートプロジェクトが継続されていることは意義深いことだと感じています。
長い歴史と文化が息づく古都奈良は、史跡、古墳、神社仏閣が数多く保存される全国有数のまちであり、伝統的な芸能や工芸品に親しむ機会に恵まれている一方で、現代的な芸術表現について学んだり、創作したり、発表したりするための機会が多いとは言えません。アートプロジェクトを特別視するのではなく、多様な文化に市民が触れる権利や機会のひとつとして、アートプロジェクト(現代的な芸術表現)が当たり前のようにあるまちになればいいなと思います。

 

--2020年度で4年目となる「古都祝奈良」。美術プログラムディレクターとして、これまでの3年間で目指したものがあればお教えください。また、実際の手応えはいかがでしたか。

西尾:テーマとしては一貫して誰しもに身近な「生活」を掲げることで、体験した人たちがあり得たかもしれない「生活」を想像する機会を提供しようと試みました。過去3年間のプログロム構成には、具体的に以下のような意図がありました。チェ・ジョンファさんを招へいした1年目の「花 Welcome」は日用品というモノを用いた親しみと驚きを伴う入門編であり、その制作プロセスの中で参加型という手法を取り入れました。小山田徹さんを招聘した2年目の「グリーン・マウンテン・カレッジ」は、焚き火と学びというコトだけに振り切ったプログラムで、アートの根源的な意味を問い直しました。北澤潤さんを招聘した3年目の「You are Me」は応用編と位置づけて、複数のモノを同時展開しながらその中でコトを起こしていく、アートプロジェクトの先端的表現を試みました。

北澤潤《You are Me》奈良市アートプロジェクト「古都奈良2019-2020」 撮影:米田真也

 

2年目のグリーン・マウンテン・カレッジが、翌年からラーニングプログラムとして継続され、体制としても事務局(奈良市文化振興課の方々)が運営するようになったことはひとつの成果だと思います。

ただ、アートプロジェクトは一時的な取り組みのため、まだまだ届くべき人に届いていないという実感もあります。情報が届いたとしても、参加したり現場を目の当たりにするまでに及ばない人も多いと思います。僕自身が奈良市で生まれ育ったので、主に若い人たちを想定していますが、ふとしたきっかけで、アートプロジェクトの取り組みに興味を抱いたときに、これまでの古都祝奈良をたどることができるアーカイブ機能や、情報や人が常に集まっているアートセンターのような機能の必要性を今は強く感じています。

 

--コロナ禍におけるアートプロジェクトの役割や今後の課題などについて、考察されていることがあればお教えください。

西尾:コロナ禍で誰もが自分たちの生活を見つめ直している中、やりたいことができないという人ももちろん多いですが、これまで当たり前だった価値観を柔軟に変化させたり、あるいは、いままでの悪しき慣習に気付き始め、何か変わるきっかけになると思っている人も少なくないと思います。ただ、多くの人が、では具体的にどうしていいのか、これまでとは違うやり方というもののバリエーションをあまり知らないのも実情ではないかと思います。

現代アートは、コロナ禍であるかどうかに関わらず、現状の社会や経済原理から一歩引いて、時に批判的な立場から、こういう可能性もあるのではないかという提案をさまざまな表現形態で行ってきた分野です。今、一部のアート専門家からは、アートの自律性回復のチャンスだという声があがっています。つまり、アートが地域やまちに出て、みんなのコミュニケーションツールとしてだけ機能するようなアートは淘汰されていくだろうという論調です。もちろんそのスタイルだけを真似て活動していたものがあったとしたら、それは淘汰されていく良い機会だと思いますが、そうせざるを得ないという切実な表現としてなされてきたコミュニケーションのアートは、逆にコロナ禍にこそ際立って見えてくるのではないでしょうか。

多くの人がどうしていいかわからない中で、今こそ現代アートのユニークな考え方がこれからの生活のヒントになるのではないかと思っています。

チェ・ジョンファ《花の舎利塔 Blooming Matrix》奈良市アートプロジェクト「古都祝奈良2018-2019」撮影」衣笠名津美

 

--今年度は、美術プログラムのテーマが「食」になったことをきっかけに、各プログラムも連動する形でテーマが「食」となりました。西尾ディレクターが美術プログラムのテーマに「食」を選ばれた理由、また、EAT&ART TAROさんを招聘作家に選ばれた理由をお教えください。

西尾:コロナ禍でとりわけ誰にとっても態度変更を迫られたのが、食べることの環境だと思います。食はもっとも身近な人間文化そのものだからです。在宅ワークですべてが自炊になった人がいたり、会話せずに一人で食べることが増えたり、衝立ごしに向き合って食べることが当たり前になったり。コロナによってこういった状況が作られているわけですが、今回アーティストとして招聘したEAT&ART TAROさんも、食べることのさまざまな状況を作ってきたアーティストだと紹介することができます。

例えば、「おにぎりのための運動会」というEAT&ART TAROさんの過去のプロジェクトがあります。そこでは、ある地域社会の中で、みんなでとびっきりおいしいおにぎりを食べるために、おにぎりの味を追求するというよりも、みんなでいちから運動会を作ることをしています。運動して体を動かしたあとに食べるおにぎりこそが格別だということで、おにぎりころがしのような競技も新しく考案しながら、そうした状況全体を作品として作られています。

EAT&ART TARO 《おにぎりのための運動会》2014年/いちはらアートミックス

 

もちろんこうしたみんなで食を共にするという活動自体がコロナ禍のなかでは実際に難しいということはありますが、もう少し広い意味でのコミュニケーションとしてのアートにはまだこの状況でも考えられる可能性があると考えています。それは先ほども述べたように、それを市民や来場者と共有することがこれからの新しい生活を考えていく上でのポジティブなヒントになると考えているからです。

食を通したコミュニケーションというテーマは、いま考えるのが難しいからこそ、あるいは人間文化にとって本質的だからこそ、今このタイミングで考えたいと思いいたったテーマです。EAT&ART TAROさんは、そうして考えたときに自然と浮かんできたアーティストです。

 

--EAT&ART TAROさんから「動く石」の構想を聞かれて、どのように感じましたか。

西尾:コロナ禍における今こそ食をテーマにしたいとご相談したところ、EAT&ART TAROさんが着目したのが石だったわけですから、良い意味で予想を裏切られました。コロナでも“動じない”ものの象徴としての石と考えれば自分の中でなるほどと思いながら、でもタイトルが「動く石」だという。二重の意味で意表をつかれる感じは、アーティストと仕事をしていてやはり面白いところです。

礎石や神石など奈良に1000年以上前からある石もどこかから動かされてきたものであって、EAT&ART TAROさんは1000年以上動いていないこと以上に、それが動いた結果そこにあることに着目している。そうすると、その物事の見方というのは1000年以上のスパンをもつことになって、よりスケールの大きな話に思えてきます。今回の一見子ども遊びのようにも思える石のお菓子という発想は、最近の研究で隕石から糖分子が見つかった事例を引き合いに出し、それが生命誕生のきっかけだったかもしれないということと掛け合わされると、単なる冗談ではない、食とコミュニケーションというか人間を考える根源かも、と思わされる。

5歳の子どもはどこでも道端で石を拾おうとするし、10歳の子どもは鉱物に興味があるし、身近にはあまりいないけど宝石に興味がある大人も多い。小山田徹さんは握り石という作品をやっているし、学生の頃にファッションデザインの私塾でお世話になった小池千枝先生も、石を見つけてくる課題をすごく重要視していたことを思い出したり、そういえば、数年間滞在していたケニアでは、ミネラルを得るために石を食べる文化もあったなとか。こうして自分の周囲や体験を振り返ってみると、一見生活には関係なさそうな石が、おそらくさまざまな人の生活の中でさまざまな方法で価値づけられていることがわかってきます。

なぜか、そうやって石について考えていると、直接的ではないとしても、さまざまな食のあり方についても考えている気がしてくるのは、EAT&ARTという名の単純そうでいて深い狙いなのかもしれないですね。

リサーチで赴いた、奈良市柳生地区の一刀石前で、アーティストと記念撮影をする西尾(右)

 

--今回のプロジェクトは、現地とオンライン、双方で楽しめるシステムを構築しています。現地とオンライン、共通して楽しめる点、それぞれ違った楽しめる点はありますか。

西尾:今回の会場は、春日大社の参道沿いにある趣ある佇まいをした鶴の茶屋さんです。東大寺も近く普段は観光客で賑わう場所ですが、今年はコロナの影響でお店を閉じられている期間もあり、逆にそうした状況だからこそ今回ご協力いただけることになりました。また、会場デザインとして、奈良市を拠点にインテリアデザインの分野で活躍されているやぐゆぐ道具店さんに担当していただき、この期間中だけ、石の菓子店として装いをあらたにお披露目されます。EAT&ART TAROさんは、会期はじめの金土日は実際に会場におられる予定ですが、それ以降の会期についてはオンライン店長として、東京からモニター越しにずっと来場者対応をしてくださる予定です。これまで以上に奈良らしい場所で、非日常を楽しめる機会になりますので、来ていただけるならぜひ現地での体験をおすすめしたいです。

やぐゆぐ道具店による会場イメージ

 

会場に来るのが難しい方も、石をお送りいただくことでプロジェクトにご参加いただけます。オンライン参加フォームから、石の情報をお送りいただいた後、実際の石をお送りいただくと、任意の石のお菓子をお送りさせていただきます。また、配送を通して石の交換にご参加いただいた方には、EAT&ART TAROさんから、石のお菓子についてのお話をZoomで聞いていただく機会を設ける予定です。コロナをきっかけに準備したオンラインでの企画ですが、価値ののった石の交換という想像性を喚起する行為(アートプロジェクトの体験)が気軽にできる点がメリットだと思います。同じ石の交換ではあるのですが、やはり現地とオンラインでは異なる体験とも言えるので、両方を楽しんでいただくこともできるかと思います。

インタビュー:一般社団法人はなまる

(了)

EAT&ART TARO「動く石」特設サイト